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Excès, et Marges.

「余白への書き込み」

ミスについて

信頼を獲得するには以下の2つを守るようにすべし、とどこかで見たことがある。

  • 大きなミスはしない
  • 小さなミスは即座にリカバーする

僕もこの考えに概ね同意するが、これに加えて「ミスの頻度」を勘定に入れる必要があるように思う。つまり、同じ仕事を目の当たりにして、そもそものミスの頻度が多ければ、その大小にかかわらず信頼を壊す要因足りうる。いかにミスを失くすかは信頼関係を築く上で最も重要な点の一つであろう。

しかしながら、ミスの量が個人の資質に依拠するとすれば、ミスを失くすために割かねばならないリソースも個人差がある。同じ練習量でも人によってライブでのミスの量には差がでるだろう。例えば僕は忘れ物をよくする。人一倍気をつけてようやく人並み程度だ。時間は有限なので、人と同じ量だけミスに気を使っていては、いつまで経っても特定のアクティビティの進歩にはつながらないかもしれない。

とはいえ、それは一対一対応で問題解決を行うことを想定した場合だ。ミスをする事故の性質を根本から変えること、つまり人間性を変革することはミスの減少に繋がるだろう。僕の場合、なぜ忘れ物をするかを掘り下げていくと、「詰めの甘さ」が露呈する。すなわち、10%のリスクを0%に近づける努力を怠る傾向にある。出かけたあとに鍵の締め忘れを今一度確かめたり、レジュメを切ったあとに誤字脱字を確認しなかったり、といったものである。

結果を見ればミスを失くすべく行わなければならない事柄に変わりはない。要するに面倒くさがらず、画竜点睛を欠かないよう心がけることが重要なのだが、音楽を例にとってみれば、ライブで百発百中の演奏ができないフレーズがあるということは、結局のところ基礎的な練習が足りないということに還元されるのかもしれない。それが人並み程度の練習量で確保できないのであれば、愚直に人間性を練磨しつつディシプリンに取り組む他はないように思う。