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Excès, et Marges.

「余白への書き込み」

エイプリルフール

高校時代、はじめて携帯電話を持った。青色のメタルプレートをあしらった、なかなか良いデザインの機種だった。

携帯電話を使うにあたって考えるのは壁紙だろう。僕は割と壁紙に凝るほうで、時には旅先で買ったポストカードをスキャナに取り込んで壁紙にしたりする。

当時の壁紙は加工した夕陽の写真に何か名言のようなものが書いてあるものだった。高校生にありがちなやつだ。

今となってはとのような神経でその壁紙を選んだのかわからない。しかし、そんな僕ですら10年すら経っていない昔には、そんな壁紙を使っていたのだ。いかに日本人が名言や至言を好むかが推し量られるようだ。

今日はエイプリルフールだ。いくら嘘をついても良い日と一般に認識されているが、では僕らは嘘をつかずに生きているのだろうか。何をもって「本当」として生きているのだろうか。

多くの人が名言を心に抱いている。一方で、多くの人が自分の気持ちを押し殺して名言に身を委ね、次の日には名言に一歩も近づいてない自分を見て見ぬ振りをし、しまいには名言が好きだったことをも嘘にしてしまう。

細胞の組成を例にあげれば生物学的にもそうであるように、主体はまるで海面に出来上がった渦のように芯のない存在だと僕は思う。その中で、自らに悖ることなく生きるとはどういうことなのだろうか。答えは出ない。ただ、安寧を求めるあまり、弁証法的に生きることから逃れるために名言を利用することは違うと思いたい。

年度のはじめに、自戒の念を込めて。